湯船にマシュマロを入れて見たらどうだろうかと、一つ落としてみた。案の定溶けてしまって、浴槽のお湯を飲み干せるわけじゃないし、何より後で大変な事になるので何袋ものマシュマロを昇天させるのはやめておいた。
身体にマシュマロが纏わりついている。と、思えば幸せなのかもしれないが、残念ながら固形物のマシュマロが好きなのであって、そのマシュマロの感触が口の中で溶けて喉を嚥下していく感覚が、つまりは普通にマシュマロを食べる分には大好きという事だ。
一度はしてみてもいいかなと思う白蘭だったが、今日はそういう気分ではなかった。
少し身体が重く、瞼も重い。風邪かな、と額に手をあてるが、水が額を跳ねて飛び散り、冷たくなったり熱くなったりと、手のひらの温度が変化するのでよく分からなかった。とりあえず上がってしまおうと立ち上がる。
「お・・・っと・・・」
立ちくらみがして壁に手をついて足元を踏ん張らせる。ゆらゆらと揺れる水面越しの自分の足が歪曲し、確かな線を描いて居ない事に気がついた。
視界がぼやけて、湯気の中に立っている自分の姿を第三者の眼から見た光景を想像した。ちょっと興奮した。
馬鹿な事を考え続けるのも疲れるのか、すぐに浴室から出て身体を適当に拭き、頭にタオルを乗せたままソファーに腰を下ろした。
柔らかいソファーはまるで白蘭を包み込むように柔らかい低反発だった。近くにあったクッションを掴み、それに抱きつくように膝を抱えてクッションに顔を埋めた。
「熱計ろうかな。んー・・・・」
もう寝てしまいたかった。今日は気分が悪い。
そう思っている白蘭の部屋のドアが無断でガシャンッと音を立てた。顔を上げてそちら側に眼をやると、鍵をかけているドアが通せん坊をしているようにノブだけが上下に大きく揺れてまたガシャガシャと音を立てる。
ぼーっとみていると暫くしてドアノブが動かなくなり、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「びゃくらーん」
表情を変えず、白蘭は顔を更にあげて壁に掛けられている時計を眼にした。夜中の1時だった。
このまま知らんぷりを続けてもいいが、明日の朝何を言われるかわからない。ずっと腰に抱きついてトイレにまで付いてきそうな勢いで、頬を膨らましてふてくされそうだ。
ガンッ
それ以前にドアを破壊されてしまいそうだったので、白蘭は裸足のまま、ぺたぺたと歩き、ドアのカギを回した。
ドアが開き、水色の長い髪がたなびいて「びゃっくらーん!」と、嬉しそうに腰に抱きついていたブルーベルの頭を、少し憂鬱そうに白蘭は撫でた。
「何であけてくれなかったの?もう少ししてたらドアか壁、壊してたよっ」
「あはは、ごめんね、入浴中だったのかな?」
「ふーん。ああ、そういえばいいにおいがするね。」
すんすんと鼻を鳴らして白蘭の薄いシャツに顔を押しつけて匂いを嗅ぐ。見下ろす青い旋毛に手を乗せると、ブルーベルも風呂上がりらしく、少し湿っていた。
「それで、こんな夜中にどうしたんだい?」
「にゅー、それがね、ブルーベルおばけが怖くなっちゃって・・・白蘭と一緒に寝ようと思って来たの!」
ブルーベルの自室と白蘭の自室はそれなりに遠い。廊下を見て見るが電気がついて居た様子は無い。
「強気なブルーベルが珍しいね?」
「ブルーベルは、か弱い女の子だもんっ」
よくもまあ、と白蘭は笑った。力なくだったが、匣兵器を持ったマフィアを何十人も相手にできるような女の子がいうような言葉ではない事は確かだった。
長い髪に隠れていたのか、それとも油断していたからなのか、眠たかったからなのかは分からないが、ブルーベルは自分専用の枕を持っていそいそと白蘭のベッドに寝転がった。
「ブルーベル、」
「なあに?」
「そんな簡単に男のベッドに寝ちゃ駄目だよ。」
「いーの、白蘭と私の中なんだからっ」
白蘭は熱を測る事も忘れて、ブルーベルの隣に寝転がり布団をたくしあげた。ブルーベルはボタンを押して電気を消した。カーテンから入り込む僅かな月明かりで、ぼんやりと部屋の中が照らされていた。
「ブルーベルは暖かいね。っていうか熱い?」
「白蘭もあったかいよ」
このまますぐに眠ってしまいそうだと、重い瞼を閉じようとしているとブルーベルの長い髪が白蘭の顎を擽った。
「腕枕してー」
「はい、どうぞ。」
「頭撫でて!」
「はいはい。」
「好きって言って。」
「好きだよ。」
このままだと、その地位頂戴。って言われたら簡単に明け渡しちゃうかもしれない。白蘭は瞼をゆっくりと開けて、暗闇の中で笑顔だろうブルーベルを見つめた。
少し光っている髪の毛と、爛々とした瞳は濁っていて、表情も相好が崩れていた。
見間違いか?と、白蘭は一度眼を瞑ってもう一度眼をあけて見た。
「ブルーベルも白蘭の事好きよ」
声だけ聞いていると、ずっと笑顔で幸せいっぱいの顔をしているはずなのに、暗闇の中でぼんやりとしか見れない今でも、今、ブルーベルの表情は幸せではない顔をしていた。
みられている事に気がついたのか、ブルーベルはずりずりと身体を動かし、白蘭の鎖骨の辺りに顔を埋めて身体に抱きついた。
「にゅー・・・やっぱり白蘭はもっと、ブルーベルを愛するべきだと思うの。」
「もっと、って?」
「たとえばー・・・うーん、おそろいの指輪をするとか、ちゅーするとか?」
「なるほどなるほど。」
適当に相槌を打ちながら、抱きついているブルーベルの頬に顔を押しつけるようにキスをした。ぷにぷにだな、と思っていると、更にブルーベルが抱きついてきた。
「満足?」
「しなーい。」
あっけらかんと言い放った。だが表情はずっと曇ったままなのだろうか、と、白蘭は思った。
「おばけがこわいの。」
「ずっと気になってたんだけど、ブルーベルは昔からおばけ嫌いだったのかい?」
「ううん、違うよ。ずっと前は、全然何でも無かったんだけど・・・」
そこから言葉の続きがあるものだと思い、白蘭は何も言わずに待っていた。何も言わなかったのは自ら発する言葉が見つからなかったのもあるし、何より睡魔が酷かった。身体がいつもよりも重く、視界も滲んで見え、三半規管がおかしくなっている気がしていたからだ。
「白蘭、ブルーベルがどんなおばけに怖がってるか分かる?」
わからない。と、言ったつもりだ。
「ブルーベルのおばけはいつでもユニだよ。白蘭のお気に入りの人形。」
ユニ、人形。その単語を脳に吸収して出た答えは、ユニ人形を抱いてるブルーベルが見て見たい。だった。
「嫌いよ、おばけなんか・・・」
瞼を閉じて声だけを聞きとる、できるだけ、ギリギリまで。
「嫌いよ、おばけに振りまわされてる白蘭なんて・・・見たくないよ・・・」
襟元が湿ってきた。きっとブルーベルの瞳から海が溢れ出ている。その海水でマシュマロを溶かして舐めたら、甘いのだろうか、塩辛いのだろうか。
やはり馬鹿な事を考える気力すらないのか、白蘭は啜り泣くブルーベルを慰める事なく、死んだように眠った。
寝坊が得意で、毎回遅れればザクロやキキョウに怒られる光景をよく眼にするのだが、白蘭が眼を覚ました時にはブルーベルはもう居なかった。
自室に戻ったのだろう。おばけの脅威は消えたのだろうか。寝ぐせ頭を掻きながら、軽くなった身体で大きく身体を解すように腕を伸ばした。
ブルーベルは自室に戻っており、枕をベッドに投げるように置いて寝まきを脱いでそのまま裸で外に出ようとしたが、ドアノブを掴んだままぴたり、と動きを止めて、数秒固まった後踵を返していつものマントをはおった。
そしてそのまま、怒っているから話しかけるな、というように、眉間に皺を寄せて大股で廊下を歩き、アジトの中に一つだけある水槽に入ろうと思い向かっていた。
誰もいない広い部屋の真ん中にある水の入った筒状の水槽に、マントを脱ぎ去って飛び込むように入った。
冷たい水の感触が、肌の上を滑る、そしてすぐに浸透して、ブルーベルの身体の一部となる。
ぎゅう、と、眼を閉じて眉間の皺はそのままに。
疲弊した白蘭の姿を瞼の裏に思い返し、涙を流した。
馬鹿、びゃくらんの馬鹿。
ぼやけた視界が水槽越しの世界を映し出す。水に響く鈴の音に思わずドアの方向へ身体を移動させてみると、顔色が良くなっている白蘭が、楽しげに紐に繋がれている青い鈴を鳴らしていた。
――びゃくらん・・・
水槽から顔を出し、枠に手をかけて眼だけを白蘭に見れるようにそっと見つめる。ぬれた髪の毛が顔に張り付いているが、おかまいなしだ。
勢いよく飛び込んだからか、周りには小さな水たまりが出来ていた。白蘭の白いブーツが水たまりを踏みながら近づいてくる。
「どうしようかな」
「何が・・・?」
青い鈴をポケットに入れて、片手に持っていたマシュマロの袋をブルーベルに見せるように腕を上げた。
「自分がマシュマロまみれになるのは嫌だけど、ブルーベルがなってるのはみて見たいきがするんだよね。」
「にゅ・・・?」
「ブルーベルは熱いから。」
きっと溢れだした海も、熱帯魚が自由気ままに泳いでいるに違いない。白蘭は潤んだブルーベルの瞳の奥を覗き見ようとしたが、ばしゃん、と、水しぶきを撒き散らして水槽に落ちて行かれたのでそれを確かめることは出来なかった。
終始白蘭とブルーベルじゃなくなっていますが、とりあえず白ブル
ブルーベル再登場おめでとおおお!
タイトルはALI PROJECTから。