「ボスをフォークで殺す事ってできるんですか?」

口の端に、甘ったるいクリームをつけたまま、三浦ハルはスポンジを貫いているフォークを口に運び、ケーキを食べ、残りかすがついているフォークをザンザスに向けながらそう問いかけた。

「さあな、時と場合に寄るな。」

「時とは?」

「俺が死にかけの時。」

「場合は?」

「さっきと同じだな・・・しいて言えば、刺す場所の問題だな。頸動脈か、首筋の・・・」

「えー、そんなの駄目です。面白くないです。」

ザンザスが珍しく、嫌々でたパーティーで、沢田綱吉に出会い、一発殴り飛ばすことができ、機嫌がいい状態なので説明してやろうとしたら、ハルが文字通り、面白くない顔をして言葉を遮った。

もごもごと頬に甘いものを詰め込みながら、前に座り、甘くない、ただ苦いだけのブラックコーヒーを飲んでいるザンザスにフォークを向けながら言った。

「ハルの中で、ボスはライオンさんと一緒に生活できるような人なんです。それが、こんな・・・おいしいケーキを食べるためにできたフォークで死ぬなんて・・・」

「勘違いするな。時と場合だ。あと、別にケーキの為に生まれたわけじゃねえ。肉もだ、忘れんな。」

「パスタを食べる時は使いますけど、肉はナイフで刺して食べてるじゃないですか。」

「面倒くせえ。」

「ハルも、バイキングみたいな感じで、ケーキ食べちゃおうかな・・・」

「やめとけ、どうせ落とす。」

「はひ、やってみないと分かりませんよ!」

いつになったら大人になるのか、酒や煙草やセックスをクリアしたら、たいていは大人の階段を上ったと実感し、脳細胞に意識から働きかける様なものなのだが、ハルはいつでもケーキに夢中で、綺麗なもの可愛い物、恋にロマンスに夢中の少女のままだ。

どんどん身体は伸び、身体には丸みを帯び、処女を無くして色気を放っていても、それを打ち消す純粋さが、内面からどんどん滲み出る。香水を振りかけて見た事もあったが、それすらもかきけすように、雨の中見つけた子猫を抱いてザンザスに店に来た事もあった。

クレイジーな三浦ハルの奇行は、一般人から見たらあまり好ましくないように見えるみたいだ。

だが、心根はただ優しい女というのは分かっているので、子供が時折砂遊びをした時に、服を汚してしまった時に見せるあの苦渋の表情をよくさせてしまうだけなのだ。

「ホールです!ホールで行きます!」

「行くな。」

「それ、ハルが涙を流しながら、他の男の人の所へ行く時に言ってほしいです。素敵です。」

「テメェ浮気してんのか。」

「ハルが愚直なまでに貴方にアイラブユーなの知ってるでしょう?」

「Ti amo.」

「きゃー!ハルもです。」

テンションの上がった三浦ハルは、暴れ馬のように人が押さえつけようとすればするほど、更に暴れ出す傾向がある。

ホールケーキを頼み、フォークも三つ注文した三浦ハル、さてさて、と言った様子で、カップに口をつけながらハルを見ているザンザスは、飛び散らなければそれでいいと思っている。

「シフォンケーキにしたんですけど、その、穴あいてるじゃないですか?ドーナツみたいに。だから、三つさして、こう・・・えい!って、持ち上げようかと!」

線を結べば三角形になるように、三浦ハルが手をうねうねと海草のように動かしながらザンザスに説明する。

「ボスにも食べさせてあげますね!」

「殺されたいのか?」

「はひ!バイオレンスです!」

渋い顔をしたスクアーロが、ハルが注文したケーキを何故持っていかなければならないのだと、眉間にこれでもかと皺を寄せ、睨みつけているスクアーロよりも、光り輝く柔らかそうなシフォンケーキの生まれたままの姿の上から塗りたくられた、白い純白のウエディングドレスのようなクリームが放つ、甘い香りと内包されているであろう、永遠の絆のような確かな甘さと柔らかさを想像して、涎を垂らしそうになっていた。

ハル眼の前、ザンザスの前にはケーキの皿が二枚置かれていた。チョコレートクリームがついている皿と、タルトにフォークを刺す時に崩れ落ちた煉瓦のように残っている生地が残っている皿だ。

「この間、ルッスーリアとダイエットがどうしたこうしたと、くっちゃべっておいてどんだけ食うんだぁ!」

「べ、別腹、別腹ですよ・・・っ」

「胃袋のストックなんざ捨てちまえ!」

「はひ・・・じゃあ、スクアーロさんにおすそ分けします・・・」

「いるかぁ!」

「テメェ、食いもん運んでくる時にはその髪縛るか抜いてこい。」

「無茶言うなぁ!俺はボーイじゃねえぞぉ!」

大股で帰っていったスクアーロを尻目に、ハルはさっそくフォークをケーキに刺し、持ち上げようとしたのだが、大変な事実に気がついたように、ハッと、顔色を変えてザンザスを見上げた。

「ど、どうしましょう。ハル、手二本なんです・・・!」

「見りゃわかる。」

「フォーク三本で持ち上げるつもりだったのに・・・!」

持ち上げる想像をした時、どんな風になっていたのか。両腕+1本の腕が、右肩のあたりからもう一本生えていたのだろうか。

ザンザスは手伝う気も無いし、持ち上げると言う結果を諦め、普通にケーキを食べ始めればいいと思って見ていた。

思考錯誤の末に決断を下したかのような顔をして、ぐっ、と、2本の手でフォークを掴み、一気に持ち上げた、が、当たり前のように持ちあがらず、皿の上で不格好に破片をフォークに持っていかれたホールケーキが、皿の上に残されていた。

ハルの頭上に持ち上げられたフォーク日本の先には、一口サイズのちょっと大きいシフォンケーキの残骸が突き刺さっていた。

「・・・ボス、あーん。」

「本当馬鹿だな。」

「・・・うぅ・・・」

「誰もなんも得しねえ。」

「いいです、もう、全部ハル食べます。そしてぶくぶく太って、大きなフォークを作ってもらって、今度はホールケーキ全部持ち上げます!」

「そんなフォークなら殺せるかもな。」

「はひ?」

「とりあえず食え。吐くんじゃねえぞ。」

「はい!」

バクバクと食べるハル。さすがに胃袋のストックがあるだけはある。

ザンザスは今日の夜の事を思った。膨らんだ腹は子供の腹のように張りがあるだろう。ハルはそれを撫でられ、見られ、言われる事に腹を立て、顔を赤く染めるだろう。

金で買った女が吐いた様な、甘い息で甘い言葉を睦みあおうとする。身体を寄せて愛を貴方にあげるから、私にも頂戴と強請るのだろう。

夜になると二人だけだ。他人には見られない時間の中、三浦ハルは大人という自覚を脳からアドレナリンと一緒に分泌して、怠惰になる。四肢を伸ばして、太陽が昇った時に見せた無邪気さは影を落として、大人という言葉に絡め取られたただの女になるのだろう。

そうした夜を過ごした後に、このようなケーキに被りつき、無意味な事に一生けん命没頭する女を、日の下で見るのはそれなりに面白い。

ザンザスは想像する。ケーキを吐きださないくらいに一生懸命食べた後、消化するために外を走ってくるなどと言いだして、外を走っていると、鳥を見かけてそれを見上げ、口をぽかんと開けて突っ立っていると、中から騒がしい音が聞こえて、大して歩いていないのに帰ってくる。こんな感じかと予想する。その後の事はまだ予想がつかない。

だが、ハルへの予想はたいてい外れる。ケーキを食べた後、残ったケーキをザンザスに食べさそうとする。

ハルはザンザスの膝に座り、あーん、と大声で言って食べさせようとする。拒絶するザンザスに、ハルは降参して、今部屋で呑気に雑誌を読み、机の上に積んである書類の半分を終わらせたスクアーロの部屋に押し掛け、ケーキを勧めるが断られる。

そして次にはレヴィに、マーモンに、ルッスーリアに、と、繰り返していると、ベルがホールケーキを持って走ってくるハルに、その盆の下へ手を滑り込ませ、ハルの顔面にケーキを押し付ける。

「・・・外れたか。」

顔中ケーキまみれになって泣いてすがりつくハルに好きにさせて、珈琲を飲むザンザスは、飽きない女だと、賛辞とも酷評ともとれる言葉を呟いて、綺麗な黒髪を撫でた。

その次の日、何でも無い昨日の事件が過ぎ去って、ばっさりと、長かった髪を切ってしまった。

「どうした、その髪。」

「イメージチェンジです!」

ふわり、と、肩先で揺れるボブカットの髪の毛を指先で弄りながら、にっこりと笑う。

「ボスに飽きられないように頑張ります!」

これ以上頑張られては困る。そう思い、一瞬だけ気を抜いた瞬間に、ハルがポケットにしまっていたフォークをザンザスの首に向かって突き出した。

反応が遅れてしまった。あまりにも突拍子もない事だったからだ。ぴたり、と、堅く冷たいフォークが、ザンザスの首筋から温度をすぐに奪った。

「暗殺部隊ヴァリアーのボス、ザンザスの首取ったり!です!」

凄いですか?どうですか?と、得意げに聞いてくるハルを見下ろし、ザンザスは飽きない女だ、と、また呟き、昨日とは違う黒い頭を撫でた。

 

 

 

 

 

あ、やっぱりハル好きだ。ザンハル好きだ。

こんなに寛容でお父さんみたいなボス書いたの初めてかもです。

 

 

 

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